終活カウンセラーのMr.Kuyouです。
「来年から年賀状を出しません」という内容の年賀状のことを「終活年賀状」というそうです。
正直、「ちょっと待ってください」と思いました。
「終活年賀状」とは。「終活」そこまで関係なさそう
男性もその年の暮れ、文面をまねて終活年賀状を書いた。毎年出してきた約50枚のうち、今後のつきあいがなさそうな5人ほどに、年賀状をやめたい気持ちと感謝の言葉も手書きで添えた。
「印刷や宛名の名簿の管理が面倒だし、あまり思い入れがなく、つきあいも薄くなった人との関係を整理したい気持ちもあったから」(朝日新聞デジタル)
あんまり「終活」と関係ないんじゃないんでしょうか?
ただ単に縁が薄くなった人に年賀状を書きたくなくなっただけでしょう。
高齢になって、年賀状を書くのも大変になったら、相手もわかってくれるものだと思います。
《寄る年波には勝てず》《手元がおぼつかなくなり》といった「理由」や、《今後は年賀状を控えさせていただきます》《今年をもちましてごあいさつ状を最後に》という辞退の文案を例示している。
(朝日新聞デジタル)
こういった文面を年賀状に書けば、そりゃそうだろう、大変だろうと思うはずです。
このような文面を書かなくても、自然消滅したってしょうがない。
年賀状を出さないことが数年続けば、あちらも出さなくなるでしょう。
終活年賀状がアリなら、何でもアリに
物事を終えたいときに終活とつければいいのであれば、何でも終活○○になってしまいます。
年を取ってきて健康に気を付けるため、甘いものを食べないようにしよう。
ケーキはもう最後にしよう。
「終活ケーキ」
登山を趣味にしていたけれど、寄る年波には勝てない。
今度の登山を最後の登山にしよう。
「終活登山」
あまりいい例が浮かびませんでした。
普段、仕事で終活に関わっているからなのか今回の話題、「終活年賀状」には少し違和感があります。
終活には断捨離の側面もありますが、モノを減らすことで心を豊かにしたり、あとの人の心配事を減らすという形です。
人間関係の整理をすることや、高齢でしんどくなったことをやめることが「終活」ではないと思っています。
日頃はこのブログで、
終活に正解はない。
終活は人それぞれ。
と、繰り返し書いているので「終活年賀状」についても、おおらかな気持ちでいればいいはずなのですが・・・。
終活が一般的になってきた証拠かも
よい方向で考えると、それだけ「終活」が一般的な用語になってきたということでもあります。
数年前は、「終わる活動」のシュウカツです。
と説明していましたが、今はすんなりわかってくれる人が増えてきました。
このブログも更新をそこまで頻繁にしているわけではないですが、日を追うごとに読んでくれている人が増えています。
終活に興味を持っている人が増えているのでしょう。
また、終活に関する情報がありましたらお知らせします。
それでは。
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