きみと終活とわたし

「終活カウンセラー」のMr.Kuyouがお届けする終活・エンディングノートのブログです。

「野際陽子さんの終活」というニュースから感じたこと・決めたこと。

スポンサーリンク

Mr.Kuyouです。
 
野際陽子さんの訃報を聞いて驚きました。
つい最近までドラマに出演されていましたから。
 
ご冥福をお祈り申し上げます。
 
ネットニュースの記事によると、「亡くなる約1ヶ月前には、鼻にチューブをつけて現場入りしたのにも関わらず、完璧な演技をされて帰られた」と。
まさしく女優魂。
 
そんな野際さんが、ご自身が一番の稼ぎ頭であったため、昨年ごろから自分が活動できなくなったときのことを考え、事務所の所属タレントの移籍に手を尽くされていたそうです。
 
「三年前に発覚したガンと闘病しながら、最期まで毅然とし弱音を吐かなかった野際さんは『終活』を成し遂げた。」
 
そのように、記事が締めくくられていました。
 
とてつもなく強い人だなと感じました。
自分の死と向かい合いながら、所属タレントのことまで考えて動くなんて。
 
 
そして・・・
私がもう一つ感じたことがあります。
 
最近、闘病中の方が懸命に生きた姿や、残される人のために力を振り絞る姿を「終活」と表現するメディアが多い気がするのです。
 
ひと昔前であれば、「ひたむきに生きた姿」とか、「すさまじい生きざま」といった表現だった気がしますが。
 
終活のハードルが上がってしまうのではないかと心配しています。
 
人によって終活の解釈はさまざまですが、私は「人生のエンディングを考えることを通じて自分を見つめ、今をよりよく、自分らしく生きる活動」という解釈がしっくりきています。
自分らしくというところが大事で、のんびりしている人はのんびりと、できる範囲でそれぞれが、自由に行うのが終活だと思っています。
仕事に打ち込んできたお父さんが、自分の死後の準備を最低限して、今まではなかなか時間を取れなかった趣味に心置きなく打ち込むのも終活です。
 
闘病しながら何かに取り組むことや、残される人のことを考え、動くことだけが終活といった雰囲気にはなってほしくないです。
 
あくまで、自分自身がどうしたいのかであってほしい。
終活をするもしないも自由ですし、まわりが「こんなに頑張っている人がいるんだから、あなたも少しは終活したら」といった雰囲気になるのも困ります。
 
メディアの影響力は大きい。
普通ではないことがニュースになるので、仕方ない部分はあるかもしれませんが、このうような形ばかりで終活が取り上げられなければといいと思っています。
 
私に少しできることがあるとすれば、病気になってしまった人が「終活」という言葉にプレッシャーを感じることがないように、「壮絶な終活」だけでなく、「穏やかな終活」・「緩い終活」・「楽しい終活」の存在もあるということも情報発信していくことかもしれません。
 
やってみようと決めました f:id:mr_kuyou:20170625094151p:plainf:id:mr_kuyou:20170625094151p:plain
 
▼人気記事